ぬか炊きは、同じ名前でも作り方に幅があります。報告書では、その違いを「伝統式」と「現代式」という二つの考え方で整理しています。 味処矢野 京町店のぬか炊きを理解するには、まずこの分類を知ることが近道です。
報告書が整理する伝統式と現代式
報告書では、ぬか炊きの製法を、ぬか床のみを調味料とする「伝統式」と、砂糖、醤油、みりんなどの調味料を使用する「現代式」に分けています。 実地調査では、市内11名へのヒアリングから、酒・醤油・みりんを基本とし、家庭によって砂糖や生姜を加える工夫が見られたことも紹介されています。
つまり、現代のぬか炊きには、家庭や店の数だけ味の作り方があります。 甘辛く親しみやすい方向に整える作り方もあれば、ぬか床そのものの力を前に出す作り方もあります。どちらが上という話ではなく、同じ郷土料理の中に複数の表情があると見るのが自然です。
矢野式糠床の位置づけ
味処矢野の矢野式糠床は、醤油・酒・味醂・白砂糖を一切使用しない完全無添加の製法です。 報告書の分類に照らすと、矢野式は、ぬか床のみを調味料とする伝統式にあたります。 甘さや醤油の香りで輪郭を作るのではなく、ぬか床の発酵香、塩味、香辛料、魚の脂と旨みで味を組み立てます。
何が変わるのか
調味料を足す現代式では、味の方向を整えやすく、初めての人にもわかりやすい甘辛さを作りやすい面があります。 一方、矢野式では、ぬか床そのものの個性が前に出ます。フルーティーなラクトン香、魚の旨み、発酵由来の奥行きが重なり、一般的な煮魚とは違う印象になります。 この違いは、強い味にするというより、ぬか床を調味料として信じる作り方の違いです。
成分値との関係は断定しない
報告書の成分調査では、味処矢野のぬか炊きについて、ビタミンB1、ビタミンB6、マグネシウム、遊離GABAの値が示されています。 ただし、製法がそのまま成分値を決めると断定することはできません。報告書でも、ぬか床からぬか炊きへの成分減少について、調理の加熱方法や加熱時間などが考えられると述べるに留めています。
大切なのは、数字を競うことではありません。ぬか炊きという地域の郷土料理そのものに価値があり、その中で矢野式は、伝統式に近い製法を現代の食卓で味わえる形として位置づけられます。
小倉の料理として守るもの
ぬか床は、手入れを続けることで育つ調味料です。報告書の市民調査では、ぬか床の保有率が低く、手入れの大変さから保有をやめた人が増えていることも示されています。 家庭で受け継ぐことが難しくなっているからこそ、飲食店が料理として出し続ける意味があります。
味処矢野 京町店では、朝食、ランチ、夜の居酒屋という一日の時間帯の中でぬか炊きを提供しています。 観光や出張で小倉を訪れた方にも、地元の方にも、矢野式糠床の味を通して、小倉のぬか炊き文化に触れていただければと考えています。
出典:北九州市「北九州市の郷土料理『ぬか炊き』の食文化価値の再発見事業 調査報告書」(令和7年3月、文化庁 令和6年度「食文化ストーリー」創出・発信モデル事業)